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悲しいお別れ
15日月曜日、YOUを迎えに行ってた家に着いたら、ポストに白い紙が。
町内のお悔やみのお知らせでし。
「何班の方かしら…?」と広げた紙に記されていた名前は…Rくん!?


RくんはMEの小・中学校の同級生で、小学校では1~4年まで同じクラスだった男の子。
中学校ではクラスは違ったけれど、同じソフトテニス部でした。
小学校からの空手やソフトテニス部で大活躍し、市内では何度も優勝、全道大会や全国大会にも出場したことのあるスポーツマン。
そして、普段は物静かで優しい印象の男の子。
そのRくんが、2月14日に亡くなったという知らせでした。


もしかしたら交通事故?と思い、慌てて新聞を広げたけれど、そんな記事はどこにも見当たりません。
高校に入ってからも、硬式テニスで活躍して、時々夕刊のスポーツ欄に載っていたし、病気と言う話も聞いていませんでした。
一体どうして?本当なの?


時間がたつにつれて、事情が少し分かってきました。
難しい病気と半年前から闘っていたこと。
亡くなる数日前も元気な声で、先生と電話で話していたこと…。
帰ってきたMEと話をして、翌日のお通夜に一緒に行くことにしました。
MEも信じられない様子ながら、お友達のところへ連絡していました。


翌日、学校から帰ったMEと急いで支度をして、お通夜に参列しました。
かなり早めに行ったのですが、もうすでに沢山のクラスメートが集まっていました。
別の高校へ行った小・中学校の同級生もいっぱい。
前の日に、メールや電話で連絡が広まったようです。


MEはお友達と参列すると言うので、私は先に席に着きました。
Rくんらしい穏やかな笑顔の遺影を見ただけで、元気な頃の姿を思い出して涙が出ました。
昨年夏に体調を崩し入院、そのあと一度は元気になって退院。
学校にも通えるようになり、部活にも復活、秋の修学旅行にも行ったそうです。
でも、年が明けてから再び体調が悪化して入院…闘病生活を続けていましたが、そのまま帰らぬ人となってしまったそうです。


1月に17歳になったばかりのRくん。
これからまだまだ長い、夢いっぱいの未来が待っていたのに…。
中学の頃、大会で活躍するRくんを、いつも応援に来ていたお母さん。
息子さんの活躍を本当に嬉しそうに見つめていました。
将来をどんなに期待し、楽しみにしていたことでしょう。
子供に先立たれた悲しみを思うと、私も悲しくて仕方がありませんでした。
でもご家族の方々は、もっともっと計り知れない深い悲しみの中にいらっしゃるのでしょう。


お通夜が終わって席を立ち振り返ると、部屋に入りきれなかった沢山の参列者が、部屋の外のロビーにあふれていました。
殆どが、小・中学校の同級生。
小学校の時の担任の先生や、中学校の時の学年団の先生方もいらしていました。
MEの高校のテニス部でRくんと対戦したことがあるというAくんも来ていました。
本当に沢山の人がお別れに来てくれたよ、Rくん…。
私の記憶の中のRくんは、ラケットを持ってコートを元気に走り回り、ナイスショットを決めてガッツポーズをしている姿です。
その事をお伝えすると、「あの頃に戻れたらいいのに…」と仰っていたお母さん。
私は一緒に泣くことしか出来ませんでした。


泣いている人も多かった高校のクラスメートに比べて、別の高校に行ったMEたちは、あまり泣いていませんでした。
ずっと会っていなかったから、Rくんがいなくなってしまったという実感がわかないのでしょう。
もっと時間がたって、月日がたって、みんなで集まった時とか何かのきっかけで初めて、「ああ、もうRくんはいないいんだ…。」と気がつくのかも知れません。
私もまだ信じられない信じたくない気持ちの方が大きいです。


お通夜の時、会場には桑田佳祐の「明日晴れるかな」が流れていました。
Rくんの好きな曲だったんだね、きっと。
その歌の通り、今日は晴れだったよ。
空の上に行ってしまったRくん。
そこで思い切り走り回って、ボールを追いかけてね。
心からご冥福をお祈りします。


【2010/02/17 22:13 】 | DAYS | page top↑
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